生徒

 

みんな少しづつなれてきて、どんな人かわかってきた。個性強い人大人しい人色々います。一人ちょー可愛い子がいて、ああ可愛いなっていつも思ってます。まぁみんな可愛い。

 

先生

第一印象と違って、なかなか癖の強そうな方でした。

スーツ組とドレス組に分かれてるんだけど、ドレス組にちゃんと教えてくれないのでみんなどーしたらいいのかわからず困ってます。あと、えこひいきする。私のフランス語が悪いのか英語で会話してて、ああせっかくフランス語勉強したのになぁーって思ってます。モリハナエで、働いてたそうです

 

 

 

授業 二日目~五日目

それぞれの進行具合がバラバラになってきて経験者の私とオクサナちゃんが、先にどんどん進んでいく感じ。オクサナちゃんの方が早かった。

ビスチェ続き。

ビスチェ胸部分 ↓

トワールを組んで、縫う。カーブ部分は三角の切込み入れて沿うように。見頃とカップのはぎは、一度仮縫いして様子みてから、ふちをコバステッチ。

ビスチェボーン ↓

見頃の縫い代全部、ステッチで抑える。0.8のボーンが入るようにしないといけなかったけど幅が狭すぎてバイアステープで代用。

通常、共布でバイアステープ作るけど時間がないので既成のバイアステープを縫い代に縫い付けてボーン入れる。ボーンは、両端1cm短くなるよう切る。

 

見頃 ↓

ドレスの見頃とスカートのドレーピング。とにかく、タイトに後でずたずたに切り裂くのでダーツはどこでもいい。全部縫い合わせて、ボディに着せる。

 

ドレープ ↓

見頃にペンで直接ドレープのラインを書き込む。まず見頃から。スカートを切り離し、ペンのラインを参考に見頃を切って展開し平面にしていく。別の生地に写し裁断(前見頃と後ろ見頃あったものが一枚の布に)。ボディに着せてドレープをつくる。

続いて、スカートも同様。スカートは裾にクリノリンで裏打ちするからかなりボリュームを出すから生地1.5mくらい使った。裁断するとき、ドレープ部分は縫い代大目に残す。一度組み立てた後、とれーぷの線を鉛筆で印付ける。縫い代も1cmにそろえる。再度、ボディに着せて組み立てる。

 

今週はここまで。

 

〇補足〇

見頃のドレープのやり方がいまいちつかめなくて、先生が代わりにやってもらったんだけど、Tu peux pas des pince ? ×4 (君はダーツができないのか?)って繰り返して言われて戸惑った。なんのためらいもなく、ばしばし布切ってはためにあーーやめてーーーって思った。バイアスで見頃に沿わすから、後ろ見頃縫い代足りないじゃないかーーと思ったら、剥いでOKらしい。既成概念ぶち壊す。

 

Ecole Syndicale 初日

生徒

学校行く前に、そこそこ無理してしまったので不安だったけど何とかやっていけそう。

日本人らしき人が一人いたけど、ずっと英語話してるから謎。関わりたくない感じ。。

それ以外、欧米人。国籍バラバラで、ざっと話した人は、チュニジアウクライナ、ペルー、ブラジル。全員で、15人くらい。(正確な人数数えます。)

 

先生

おじ様って感じの素敵なムッシュー。落ち着いた感じ。名前…(明日確認します。)

さすが、簡単に組んだトワールがセンスの塊。わたしがこーかな?あーかな?って試行錯誤するのを一瞬で作ってしまう。おこがましかった、一瞬で作った物にも到底追い付かないです。

 

準備

初めに、白紙の紙が配られて【名前】【国籍】【年齢】【仕事】【サマースールに参加しよう思った理由】【スーツorドレス】書くように言われそれぞれ提出。

先生が目を通して、記入漏れがあったら各々に聞いて、それから追加で、好きなデザイナーは誰か聞いてました。もちろん、私はクリスチャンディオールって答えました。

その後、授業を始める準備。

机の上の椅子を下げて、隣の部屋からボディを用意して、トワールを2mずつカットしてアイロンかける。その後、スーツorドレスで、好きな方を選んで分かれて授業を進めます。

 

授業 一日目

まず、デザイン画が配られてそれを見ながらデザイン線を綿テープ(ボールディック)ボディに乗せます。

スーツは、ペプラムのスーツ。ドレスはビスチェ。

その後、トワールに基礎線を引きます。バストウエストはボディの線に合わせて、その下は常に20cm。何でだろ?ビスチェのときだけかな?聞いときます。

地の目線は、色付きボールペンで。基礎線は、鉛筆でしっかりと。

日本でならったのとはちょっと違う。

ビスチェボディ部分 ↓

切り替えパーツごとに、ボディに沿わせて鉛筆で印付けて雲型定規でラインを拾っていきます。それを全パーツ。

いらない縫い代はカットして、シルクピンで組み立てます。

ビスチェ胸部分 ↓

ドミット芯を、バストの形に形成する。下に2枚上に重ねる形で1枚計3枚。アイロンのスチームを当てて固定する。

その上に、トワール組んでいく。

今日はここまで。 

 

〇補足〇

学校の近くに、裁縫道具のお店 Hamonがあってサンディカの学校通うって言ったら割り引いてくれておまけにカンカンの小物入れくれました。

アウシュビッツビルケナウ収容所

あるきっかけで、アウシュビッツに行った時の写真を見返す。

色々考えさせられる。

私は誰かに何かを主張したいっていう気持ちが薄くなって、それでも伝えなきゃいけないこともあるのはわかってるんだけど。

 

ネットで拾った文章だけど、ハッとさせられたので。

 

 

いま、私たちの心の中に、「優秀な人間」と「だめな人間」とを分けようとする考えがないだろうか?
みんなとちがう意見をいう人を「じゃまなやつ」だといって、仲間はずれにすることはないだろうか?
強い者にきらわれたくなくて、いけないことが分かっているのに、やってしまうことはないだろうか?
自分さえ得をすれば、「他の人なんかどうでもいい」と、思うことはないだろうか?
あの時のように…
アウシュヴィッツは、狂った人びとが、まちがえて作ったものではなかった。ドイツ人がどうかしていたのでもなかった。
ただ、自分が困った時に、もっと困っている人びとを思いやれなかった。自分さえよければ、他の人がすこしくらい苦しんでも、すこしくらい死んでもしかたがないと思っていた。
自分が優秀で正しいと思うあまり、自分がほんとうはなにをしているのか、分からなくなっていた。
もしかしたら、アウシュヴィッツで罪をおかした人びとは、みんなどこにでもいる、ふつうの人たちだったのではないだろうか?
私たちと同じように…
アウシュヴィッツはほんとうに終わったのだろうか?
ガス室は、ほんとうに消えたのだろうか?
120センチの棒は、もうないのだろうか?
私たちの心の中に、アウシュヴィッツは、ほんとうにないのだろうか?

青木 進々著『アウシュヴィッツの子どもたち』(グリーンピース出版会)より引用

 

 

フランスの枕。

フランスの枕は、筒形が一般的。

 

どこ行っても筒形だった。

日本みたいな枕に一度も出会わなかった。

 

最初は、何だこの形は???って思ってたけど、慣れたらすごい寝やすい。寝返り打っても常に枕がある状態なので寝相の悪い私にとっては快適でした。

 

ネットで探してみたけど、日本では無いみたい。

 

 

 

 

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エクレア

 この前、ドラマの中でエクレアについて話してた。

「エクレアの語源は雷なんだよ」的なね。ピンと来なかったので調べてみた。

 

l'éclair  雷(光)

le tonnerre 雷(音)

la foudre 雷(というもの)

 

の中で、日常的に雷として使われてるのは le tonnerre だったような。

l'éclair  のイメージは、ピカッと光るもの全般だからすぐに雷に結びつかなかったのかなーみたいに色々考えてました。

 

それから、お菓子のéclair  と光のイメージのéclair  が頭の中で分けられてたからそこも結びつかなかった。同じだけど別物って感じで、表現が難しい。感覚的な。。

 

それと、フランス語読みは エクレール

Je prends un éclair, s'il vous plaît. ジュ ポン アン エクレール.シルブプレ「 エクレア一つ下さいな」です。普通のパン屋で大体2€くらいで買えます。バニラ、カフェ、チョコの3種類が主流でフランス人はカフェを好んで食べてた。特に年配のマダム。

フランス語で、エクレアについて検索してみたらフランス人もお菓子のエクレアの語源について詳しくないらしい。日本で例えると雷おこし的な感じ???ちょっと違うか。稲光並みに高速で食べなければクリームが溢れるからエクレール(稲光)になったらしい。えぇ(・・?

 

 

 

エクレアの詳細コピペ。

L'éclair apparaît vers 1850 à Lyon, c'est la plus ancienne mention que j'ai pu trouver dans mes livres d'histoire. Mais on ne sait pas qui l'a inventé. Fin de l'histoire ? 
Non, bien sûr. Car, à bien y réfléchir, qu'est-ce qu'un éclair ? Il s'agit d'un appareil en pâte à choux façonné en forme de doigt, fourré de crème pâtissière (parfumée à la vanille, au chocolat ou au café dans les recettes classiques) et recouvert d'un glaçage au fondant. 
--> Et pour être exhaustif, la pâte à frire ou à cuire au four est connue depuis le Moyen Âge, la crème pâtissière a été inventée par François Massialot en 1691 et le fondant par Gillet de la maison Lemoine en 1824.
 
Or, le grand spécialiste de la pâte à choux au XIXe siècle, c'est Antonin Carême (1783-1833), le plus grand nom sans doute de l'histoire de la pâtisserie. Il la porte à la perfection et s'en sert pour mettre au point de nombreuses inventions : les croquembouches (nos choux modernes), les profiteroles et modernise les duchesses
 
Or, qu'est-ce que c'était que ces duchesses ? Un gâteau du XVIIIe siècle en pâte à choux étirée en forme de doigt et roulée dans des amandes. Carême supprime les amandes, fourre la pâte "de marmelade d'abricots ou de crème pâtissière au chocolat ou au café" (on y est !) et la glace au sucre fondant. Même si ce dessert ne porte pas encore le nom d'éclair (ce qui n'arrivera que 20 ans après la mort du grand Carême), on y est indubitablement. Avec sa duchesse, Carême peut prétendre au titre d'inventeur de l'éclair.
 
A ce propos, on ignore aussi d'où vient justement ce nom d'éclair. Nombre d'historiens penchent pour une plaisanterie de pâtissier (qui sont gens de bonne compagnie, c'est bien connu): "ce gâteau est si bon qu'il se mange en un éclair". D'autres évoquent son glaçage, si brillant qu'il évoque la lumière de l'éclair, d'autres enfin parlent de sa forme (qui évoque pourtant plus celle d'un doigt que d'un éclair !). Bref, on n'en sait rien...
 
A l'étranger, ce gâteau a conservé son nom original ("do you want an éclair?") est est un des symboles reconnus de la pâtisserie hexagonale, au même titre que le millefeuille (qui s'appelle lui un Napoleon... en anglais) grâce au fils de la Reine Victoria, le Prince de Galles. Le futur Edouard VII en était en effet un grand amateur (ainsi que de bien d'autres plaisirs parisiens...). 
 
Aujourd'hui, on va bien au delà des traditionnels éclairs au chocolat, au café ou à la vanille de nos grands-mères : éclairs au chocolat blanc et au thé matcha, éclairs à la truffe etc. : la créativité pâtissière n'a pas de limites ! Et un bon éclair se dévore toujours en un éclair !

 

気候の変化で体調不良。

ほぼ一年フランスで生活して日本に戻ってきたのですが、フランスに居たときの方が健康だった気がする。色々。

 

・花粉症。日本に戻ったらすぐ症状出て地獄の日々。

・低気圧の片頭痛。日本に居ると突発的に起こる頭痛は天気のせいだと思う。

 

(追記スペース)

 

なんしか、日本に居ると不健康な私。

辛いのは日本で生活してるからだと、フランスに居たときは患ってなかったと、気候と風土の違いで体調がおかしいんじゃないかと。

日本にずっと住んでたら当たり前で気付かなかったよな。よその国に住んだから比較できて、これから一年日本に住んだら他にもいろんな違いに気付くのかしら。日本に住んでたら自然災害でいつ死ぬか分からないわけだし日本人ってすごいな。我慢と忍耐の遺伝子ヤバイ。日本人しか日本に住めないんじゃないか?

 

最後に、フランスの冬場は乾燥で皮膚病患ったけど、フランスで不調だったのはそれくらい。

フランスのスーパーまとめ。

Hypermarché

Hypermarché(ハイパーマルシェ)は、郊外の大型スーパー。ショッピングモールに入ってたり、独立店舗だったり。店内はとにかく広く種類豊富。

 

Carrefour カルフール

Inter marché アンターマルシェ

Auchan オウシャン

Casino カジノ

E.Leclere ルクレール

 

 

Supermarché

Supermarché(スーパーマルシェ)は、街中にあるスーパー。日本のスーパーとコンビニの中間くらいの品揃え。

 

Monoprix モノプリ

Super U シュペールユ

Franprix フランプリ

G20 ジーヴァン

Carrefour city カルフールシティ

A 2 pas アードゥパ

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Marks&Spencer マークスアンドスペンサー

LIDL リドル

 

 

Kiosque

Kiosque(キオスク)売店みたいな、小さいお店。エキナカによくある。

Monop'

Relay

 

 

Biomarche

ビオ製品のみ扱うスーパー。

La vie claire ラビクレール

Biocoop ビオコープ

Bio c' bon ビオセボン