生徒

一人ちょー可愛い子がいて、ああ可愛いなっていつも思ってたら、その女の子フランス人だった。テンション上がる仲良くなりたいって思ってたら、オクサナちゃんが急にその子と仲良くなりだして私の入る余地なくなる。私、若干やさぐれる

 

先生

相変わらず、ドレス組には個別指導なのでドレス組が先生に反抗しはじめる。基本、オクサナちゃんばかりに教えて、他はそれを聞いて察していく感じ。全員に言わず、他の人に説明した分聞いて察しなさいと。私、何なのあのやり方!!みたいなことを他の生徒に愚痴って先生に嫌われはじめる。

 

授業 六日目~十日目

課題のドレープドレスは諸事情により裾は放置。

次の課題は、おのおの好きな写真イラストを探してきて、そのドレスを作る。

私は、期間中に完成させたかったからシンプルなドレスを選ぶが、最終まったく別物になる。

見頃 ↓

胸全体がドレープのデザインなのでボディに沿わせてドレープを作っていく。極厚生地だったので、先生がどこからか探し出してきてくれた薄い生地でやり直す。

オートクチュールの特徴は、はぎ目を作らないことらしく後ろ中心は地の目通ってなくていいってのがカルチャーショックだった。

スカート ↓

サーキュラーにしたかったけど、布が少なくはぎ目部分がペタンとして変って言われて変更。トレーン付きのスカートになった。

先生がやってくれたんだけど、さすが手慣れてる私じゃ絶対できない。

後ろ中心は、自分で決めた。トレーン部分は生地が足りないので継ぎ足し。継ぎ足す場合地の目をそろえる。

襟 ↓

どうしようか悩んで相談したら、端切れでタック作って襟にしてくれた。自分じゃ絶対作らないような形だからちょっと面白かった。ドレープスカート用に作ったウエストベルトのリボンが可愛いから、おんなじようなの作って付けたらどう?って提案してくれて、どれも素敵だから言う通りにした。

 

結果、自分じゃ絶対作らないようなドレスが出来上がったけど、満足してます。趣味は違うけど、センスがいい先生。趣味違うのに、納得させられちゃうってわたし初めてかもしれない。

色々あったけど、いい先生でした。

 

 

 

番外

ドレス組、ホースヘアーが手に入らなくて課題のドレス一時中断。

先生の察しろで、みんな次の課題に取り組む。私は、理解できなかったし完成させたかったのでまわりの状況に混乱。

休み前に、「裾にホースヘアー付けて広げるからね」って言われて楽しみにしてたのに。「なんなの?みんな完成してないのに何で?」って、オクサナちゃんに言いに行ったら、わからないけど今のは置いて次に進んでるらしい。(そいや、授業始まる前に、オクサナちゃんと先生が何か言い争ってたのその件だったのかも。)

私が文句言ってたの聞いてたのか、先生が来て裾の仕上げの手順を説明してくれた。何でホースヘアー入れないのか聞いたら、他の人が大量に買ってもう手に入らなくなったらしい。ここで、やっと先生の方針を理解した私は大人しくなる。

先生に、いつ手に入るのか聞いたら、わからないって。何か手段知ってるって聞かれたので、社交ダンスの会社が、パリにあるからそこならあるかもしれないって教えてあげた。

以後、先生が私に優しくしてれるようになる。

状況を察した私は、次の課題に取り組む。「バレンシアガにしなさい」っていう先生の指令をガン無視してディオールのドレス作る。最終的に、参考写真とまったく別物のドレスに仕上がる。

トラブルがあったせいで、ドレス組は想定通りに進まなかった。みんな、未完成のまま終わった感じ。先生は、家で仕上げて来てねって感じで言ってたけど、持ち帰った時点で作った形保てないことみんなわかってるのかな?

経験者と未経験者がごっちゃになってたせいで、授業がうまく進まなかったのかもしれない。それと、先生の方針が掴めなかった。

 

 

残り一週間切って思うこと。

ワーホリ後、初めてフランスに来て最初は自分の語学力に絶望したけど実は、新しい壁にぶち当たってるんじゃないか?とも思ってます。

前は、なんでも受動的で自分から発言することはなかったし、相手に察してもらってた部分が大きかったけど、今回は、自分から発言することが増えた分相手にわかって貰えない部分が表立ってきたことによる躓きなんじゃないか?と。

フランス語には一体、いくつ壁があるんだろう?

きっと、これがスタート地点くらいで、長期滞在するにはワーホリ帰国間際の語学力が、最低レベルで必要だったのかもしれません。

再びパリに来た後のフランス語について

自分のフランス語が想像以上にやばいです。

思い当たる理由。

  1. 発音記号をあいまいにしてた。
  2. ネットでフランス語の記事読むときよくわからない単語を適当に読み流してた。
  3. 日本に戻ってからフランス人と、直接会話する機会が皆無だった。
  4. 仏検落ちてモチベーションが下がった。
  5. エクリよりエクテ
  6. 出国前、フランス語スクールに通って喋れると思って安心してた。
  7. こっち来て、発音の問題で全然伝わらないことに驚く(先生の言ってたちょっと怪しい部分がこれだと思う)
  8. 同じ音の聞き違えが全然できてなかった。
  9. 日本の頭。
  10. 日本の専門学生も、洋裁用語に関してテスト受けながら覚えるのに外国で授業受けるのは相当勉強が必要。
  11. そもそも、洋裁用語が専門的過ぎて手持ちの仏和辞書に載ってなかったりする。
  12. 先生が個性強い。アート系。
  13. クラスメートも、それぞれの国の言葉の訛りで話すのでカオス。
  14. これは予想してたけど、たった2年でパリの流行語が変わった。(気がする)

以上

生徒

 

みんな少しづつなれてきて、どんな人かわかってきた。個性強い人大人しい人色々います。一人ちょー可愛い子がいて、ああ可愛いなっていつも思ってます。まぁみんな可愛い。

 

先生

第一印象と違って、なかなか癖の強そうな方でした。

スーツ組とドレス組に分かれてるんだけど、ドレス組にちゃんと教えてくれないのでみんなどーしたらいいのかわからず困ってます。あと、えこひいきする。私のフランス語が悪いのか英語で会話してて、ああせっかくフランス語勉強したのになぁーって思ってます。モリハナエで、働いてたそうです

 

 

 

授業 二日目~五日目

それぞれの進行具合がバラバラになってきて経験者の私とオクサナちゃんが、先にどんどん進んでいく感じ。オクサナちゃんの方が早かった。

ビスチェ続き。

ビスチェ胸部分 ↓

トワールを組んで、縫う。カーブ部分は三角の切込み入れて沿うように。見頃とカップのはぎは、一度仮縫いして様子みてから、ふちをコバステッチ。

ビスチェボーン ↓

見頃の縫い代全部、ステッチで抑える。0.8のボーンが入るようにしないといけなかったけど幅が狭すぎてバイアステープで代用。

通常、共布でバイアステープ作るけど時間がないので既成のバイアステープを縫い代に縫い付けてボーン入れる。ボーンは、両端1cm短くなるよう切る。

ビスチェ見頃 ↓

裾部分見返し縫う。見返しは、トワールでドレーピング、紙のパターンに写す。字の目は、生地に対してバイアス。ビスチェと縫い合わせた後、かさばる部分は梳いてその後コバステッチ。

 

見頃 ↓

ドレスの見頃とスカートのドレーピング。とにかく、タイトに後でずたずたに切り裂くのでダーツはどこでもいい。全部縫い合わせて、ボディに着せる。

 

ドレープ ↓

見頃にペンで直接ドレープのラインを書き込む。まず見頃から。スカートを切り離し、ペンのラインを参考に見頃を切って展開し平面にしていく。別の生地に写し裁断(前見頃と後ろ見頃あったものが一枚の布に)。ボディに着せてドレープをつくる。

続いて、スカートも同様。スカートは裾にホースヘアーで裏打ちするからかなりボリュームが必要なので生地1.5mくらい使った。裁断するとき、ドレープ部分は縫い代多めに残す。一度組み立てた後、とれーぷの線を鉛筆で印付ける。縫い代も1cmにそろえる。再度、ボディに着せて組み立てる。

 

今週はここまで。

 

〇補足〇

見頃のドレープのやり方がいまいちつかめなくて、先生が代わりにやってもらったんだけど、Tu peux pas des pince ? ×4 (君はダーツができないのか?)って繰り返して言われて戸惑った。なんのためらいもなく、ばしばし布切って傍目に「あーーやめてーーー」って思った。バイアスで見頃に沿わすから、後ろ見頃縫い代足りないじゃないかーーと思ったら、剥いでOKらしい。

 

初日

生徒

学校行く前に、そこそこ無理してしまったので不安だったけど何とかやっていけそう。

日本人らしき人が一人いたけど、ずっと英語話してるから謎。中国人の女の子でした。すみません、いいひと。

それ以外、欧米人。国籍バラバラで、ざっと話した人は、フランス、チュニジアウクライナ、ペルー、ブラジル、イギリス、スペインetc.. 全員で、15人。

 

先生

おじ様って感じの素敵なムッシューパトリス。落ち着いた感じ。。

さすが、簡単に組んだトワールがセンスの塊。わたしがこーかな?あーかな?って試行錯誤するのを一瞬で作ってしまう。おこがましかった、一瞬で作った物にも到底追い付かないです。

 

準備

初めに、白紙の紙が配られて【名前】【国籍】【年齢】【仕事】【サマースクールに参加しよう思った理由】【課題スーツorドレス】書くように言われそれぞれ提出。

先生が目を通して、記入漏れがあったら各々に聞いて、それから追加で、好きなデザイナーは誰か聞いてました。もちろん、私はクリスチャンディオールって答えました。

その後、授業を始める準備。

机の上の椅子を下げて、隣の部屋からボディを用意して、トワールを2mずつカットしてアイロンかける。その後、スーツorドレスで、好きな方を選んで分かれて授業を進めます。

 

授業 一日目

まず、デザイン画が配られてそれを見ながらデザイン線を綿テープ(Bolducs)をボディに乗せます。

スーツは、ペプラムのスーツ。ドレスはビスチェ。

その後、トワールに基礎線を引く。バストウエストはボディの線に合わせて、その下は常に20cm。

地の目線は、色付きボールペンで。基礎線は、鉛筆でしっかりと。

日本でならったのとはちょっと違う。

 

ビスチェボディ部分 ↓

切り替えパーツごとに、ボディに沿わせて鉛筆で印付けて雲型定規でラインを拾っていきます。それを全パーツ。

いらない縫い代はカットして、シルクピンで組み立てます。

 

ビスチェ胸部分 ↓

ドミット芯を、バストの形に形成する。下に2枚上に重ねる形で1枚計3枚。アイロンのスチームを当てて固定する。

その上に、トワール組んでいく。

今日はここまで。 

 

〇補足〇

学校の近くに、裁縫道具のお店 Hamonがあってサンディカの学校通うって言ったら割り引いてくれておまけにカンカンの小物入れくれました。

アウシュビッツビルケナウ収容所

あるきっかけで、アウシュビッツに行った時の写真を見返す。

色々考えさせられる。

私は誰かに何かを主張したいっていう気持ちが薄くなって、それでも伝えなきゃいけないこともあるのはわかってるんだけど。

 

ネットで拾った文章だけど、ハッとさせられたので。

 

 

いま、私たちの心の中に、「優秀な人間」と「だめな人間」とを分けようとする考えがないだろうか?
みんなとちがう意見をいう人を「じゃまなやつ」だといって、仲間はずれにすることはないだろうか?
強い者にきらわれたくなくて、いけないことが分かっているのに、やってしまうことはないだろうか?
自分さえ得をすれば、「他の人なんかどうでもいい」と、思うことはないだろうか?
あの時のように…
アウシュヴィッツは、狂った人びとが、まちがえて作ったものではなかった。ドイツ人がどうかしていたのでもなかった。
ただ、自分が困った時に、もっと困っている人びとを思いやれなかった。自分さえよければ、他の人がすこしくらい苦しんでも、すこしくらい死んでもしかたがないと思っていた。
自分が優秀で正しいと思うあまり、自分がほんとうはなにをしているのか、分からなくなっていた。
もしかしたら、アウシュヴィッツで罪をおかした人びとは、みんなどこにでもいる、ふつうの人たちだったのではないだろうか?
私たちと同じように…
アウシュヴィッツはほんとうに終わったのだろうか?
ガス室は、ほんとうに消えたのだろうか?
120センチの棒は、もうないのだろうか?
私たちの心の中に、アウシュヴィッツは、ほんとうにないのだろうか?

青木 進々著『アウシュヴィッツの子どもたち』(グリーンピース出版会)より引用

 

 

フランスの枕。

フランスの枕は、筒形が一般的。

 

どこ行っても筒形だった。

日本みたいな枕に一度も出会わなかった。

 

最初は、何だこの形は???って思ってたけど、慣れたらすごい寝やすい。寝返り打っても常に枕がある状態なので寝相の悪い私にとっては快適でした。

 

ネットで探してみたけど、日本では無いみたい。

 

 

 

 

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